【識者に聞く非認知能力の育て方】中山芳一さん編<中編> 「子供の非認知能力を伸ばす環境は“學”という字が教えてくれる」

【識者に聞く非認知能力の育て方】中山芳一さん編<中編> 「子供の非認知能力を伸ばす環境は“學”という字が教えてくれる」

インタビュー

識者に聞く非認知能力の育て方。中山芳一先生編。
中編の今回は、子育てで大切な”3つの軸”と非認知能力を伸ばす子育て環境についてお伺いしました。

前編はこちら

中山芳一(なかやま よしかず)

1976年岡山県生まれ。
岡山大学准教授。専門は教育方法学。大学生のためのキャリア教育に取り組むとともに、幼児から小中高学生の各世代の子どもたちが非認知的能力やメタ認知能力を向上できるよう尽力。『家庭、学校、職場で生かせる!自分と相手の非認知能力を伸ばすコツ』『学力テストで測れない非認知能力が子どもを伸ばす』(ともに東京書籍)ほか著書多数。

3つの子育て軸、ぶれていい軸、ぶれない軸

篠田

まだまだママが子育ての中心で、パパは子供が10歳ぐらいになったら突然良かれと思って、中学は私立のここがいいよみたいな上からのコミュニケーションをとってしまうことって割とあると思うんです。信頼関係ができていないので子供からは反発されるし、ママからはいまさらしゃしゃり出てきてずれたこと言わないでと責められる。自覚がないので歯車が噛み合わない。そんな中、タテ糸ヨコ糸を理解して自分自身をメタ認知できれば子供とのコミュニケーションも変わるのではないかと思います。

中山

「おやこのくふう」というサイトで『子育て軸』をテーマに連載していますが、子育て軸には3つの軸があり、ぶれても良い軸とぶれてはいけない軸があります。

1つ目は中心の軸。これはぶれてはいけません。
2つ目は方針の軸。これは時期ごと、段階ごとに変わります。
そして3つ目が判断の軸。場面場面で判断する軸ですね。

いろいろなご家庭を見ていると、ぶれてはいけない中心の軸を意外とお持ちでないことが多いですね。
多くの夫婦では子育て軸を会話しているケースが少ないのではないでしょうか。
夫婦間で会話する時間をしっかりとっている方々もそもそもが軸の話、価値観の話をするのが日本人は苦手ですね。
僕自身のエピソードですが、17年前に急逝した父親が、その4ヶ月ぐらい前に手紙をくれていたんです。
そこにはとにかくお前は人のために生きろというメッセージが書いてありました。
父は生前からそのことをずっと言ってまして、最後の手紙にも同じことが書かれていました。
父は頑固でクセの強い人でしたが、誰かのために頑張れる人でしたし、その姿を見て、父から聞かされ、それが自然と僕の軸になりました。
何が言いたいかと言うと、親が一つ一つ細かく子供の行動に干渉しすぎなところがあると思うんです。中心の軸を持って、自分の価値観を語って自分の価値観に基づいて生きている、それでいいのではないかと思います。
父親と母親の教育方針が違って価値観のすり合わせができていない状態で幼児期を育てた家庭で、子供がギャングエイジになってから軌道修正は可能でしょうか?

中山

方針は変えてもらってOKです。発達段階や状況によっても当然それは変わるものですから。
ただ幹はできるだけ一致させておいた方がいいのですが、結局幹を一致させる上で一番重要なポイントは削ることだと思っています。柱の太さを削って価値観の調整をしていくということです。
削りすぎてしまうと、最後はもう子供が生きているだけでいいということになるかもしれませんが(笑)両親の言うことやることが違っても問題ないです。
子供からみて、うちの両親ここだけはぶれてないなという点があれば大丈夫です。
私は4年前に道徳の教科書評定委員会に選ばれて60冊ぐらいの教科書を読んだことがあります。それがとにかく面白くて、教科書を教材に親子で会話すると自分が小学生の頃を思い出して親の心が洗われるのではないかと思いました。

中山

PBL(問題解決型学習)やアクティブ・ラーニングを教室だけでやるだけではなくて、家庭でもやれるといいですね。
非認知能力って結局は生きていく力のことなので教室だけでは学ぶことができません。
非認知能力には、価値観、自己認識、行動特性が切り離せないものです。
そこに教室内での働きかけが入ることによってより非認知能力を高めることができる。
「Welldone!」も非認知能力形成のきっかけになるものになっていると思います。

「學」という字から学ぶ子供が育つ環境づくり

篠田

著書の中では、「」という字の成り立ちも興味深かったです。

中山

学の旧字体ですね。
この字は「子供が、大人の手のひらに守られながら、人との交わりがある場で学ぶ」ということを意味しています。
心理的安全性があって人と人との交流がある場所から人は学ぶということを一文字で表しています。
元々の僕のベースはケアリング論なんです。
学童保育指導員の専門性を研究する際に切り離せないのがケアリングなんですね。
學の発想はそのときにでてきたものです。
日々の生活の中からも人間は学ぶことができる。そこに子供自身がアンテナを立てて興味の対象が広がればその先の可能性は大きく開けると思います。
箱の中の学びでは認知能力は高まりますが不確実性=未知の領域にはたどり着きにくいですね。
どうやってそのような環境をつくれば良いでしょうか?

中山

子供の遊びの中で作るのが最良だと思います。
都会だとなかなか機会は少ないかもしれないですが自然の中で遊んでいるといくらでもイレギュラーなことが起こります。
時間、空間、仲間の3つの間が最近減ってきているのは事実なんですが、それらを意図的に増やしていくことも必要だと思います。
幼児期にやりたいことをさせた子ほど難関大学に受かっているというデータもあります。時間、空間、仲間がないのと都会に住んでいるからと言い訳して子供に機会を作っていない親も多いと思います。親側の気付き、態度変容を促すにはどうしたら良いでしょうか?

中山

理解されている親御さんも結構いると思いますが、純粋に遊ぶ場所がない、場所があったとしても、毎日のように不審者情報がメールで送られてきたり、交通事故や怪我などの心配があったりしますよね。
私たちが子供時代に送ったニュートラルな時間が今はなくなってしまいました。その時間を現在は学童保育が担っています。
実際、学童保育に行かせるためにあえて共働きをしている家庭もあります。
文科省もこのことを分かっていて「放課後子ども教室」(※学童保育は厚労省管轄)を始めましたし、それらを一緒にした「放課後子ども総合プラン」が推進されています。
例えば東京では江戸川区なんかはとても力を入れていますね。
これらを利用することもとても有効だと思いますが、私が一番良いと思うことは「校庭の開放」ですね。制限時間は設けてもいいので、児童、生徒が校庭で自由に遊べるようにしてあげることが一番だと思います。
大人が余計な手出しをすることは不要です。校庭が開放されて、遊具や道具も限られている中で遊び方を工夫する。それがクリエイティビティですよね。
学校側と親側が少し工夫するだけで子供の遊び環境を作ることは実は簡単に実現できると考えています。
私は東京都港区のPTAにいましたが、校庭開放が面倒くさいものだと思われています。土日に校庭開放する場合、PTAの職務として大人が立ち会わなければならないからです。だったら子供も喜ぶしディズニーランドでいいじゃないとなってしまいます。

中山

それに対する回答は与えられた遊びと自ら作り出す遊びでは価値が違うということになります。遊び切ることの重要性ですね。
本来は子どもたちが創意工夫して楽しそうに遊んでいる姿をみて、そういう環境を作っている価値を大人が感じて前向きに土日の立ち会いをするのが一番良いですが、極論ですが自分たちが立ち会いたくなければPTA会費で人を雇えばいいと思いますね。子供に対する投資として。
学校によっては芝生を守るなどグラウンドコンディションを保つために遊びに制限を設けているところもあると聞きます。

中山

本末転倒ですね。
すでにお亡くなりになりましたが、石川県に金森俊朗先生という素晴らしい小学校の先生がいました。
大雨の日は授業をやめて校庭で泥んこになって楽しませるような先生です。これは開放感あります(笑)学童保育の指導員をしていたころ、子供が携帯ゲームをもってきたいと言ってきたのでOKにしたんです。
だけど、そこには裏テーマがあって1週間後には子どもたちが自らゲームを持ってこなくなる状況にしたくてスタッフたちと目標設定して子どもたちに集団遊びを促しました。
結果は1週間かからずにゲームよりもみんなで遊ぶことに夢中になりました。
子どもたちは口々に「ゲームは家でもできる!ここでしかできない遊びをしたい!」と言ってくれるようになっていてうれしかったです。
私たち大人は、口で言うだけではなく環境を作って子どもたちに選択させることが大切ですね。
大人が用意したルールの中で育った子ほど将来やりたいことが見つけにくいのかなと思っています。

中山

最近、中高生に話す機会が増えています。
講演後のアンケートを見ると「ゴールを見つけてから走らなくてもいい」という話に共感を受けたという生徒がとても多いんです。
普段、大人たちからはどうしても「あなたの目標やゴールは何?」ということをよく言われているので、子どもたちはなんとなくゴールが見つからなければ走っちゃだめなんだというふうに捉えているようです。
ゴールは走りながら見つければいいし、基本動いてみることがとても大事なことだと思います。
神戸大学の西村先生たちの研究で、自分で決定する機会が多いほど幸福度を高めるというデータがあります。(幸福感と自己決定―日本における実証研究)学歴、年収よりも自己決定の機会こそが、人生を幸せにしてくれるんですよね。